焼酎と肴  ひらい和 | 日記 | 平岩家

こだわり焼酎と美味しい肴 「焼酎と肴 ひらい和」

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焼酎と肴  ひらい和 の日記

平岩家

2013.03.10

おはようございます。店主です(^^)

週末は大荒れの天気との予報だったのでかなり警戒していたのだが、
土曜深夜、日曜日は想像していたほどでもなかった。(朝は吹雪いたらしい)
が・・・
深夜から激しく雪が降り始めた。

土曜日、常連のお客様、新規のお客様、お越し頂きありがとうございました。
本日月曜日、今のところ予約は入っておりません。

祖父の遺稿集「暖かい流れ」をじっくり読んでみた。

曾祖父は本阿弥光悦(桃山時代~江戸初期の芸術家)の子孫で平岩家の養子と
なり、武士の子として育った。
本阿弥家の血筋か、字、絵が上手だった。
徳川幕府瓦解によって江戸にいられなくなり浜松に移り住むようになったと記している。
読んでいると、歴史を学んでいるかのよう。
曾祖父は光悦の「光」をとって祖父に「光」←ひかると名前をつけたとのことだ。
(「暖かい流れ」の随筆と短歌は祖父「平岩 光」の作品。)
曾祖父は教師、祖父も年譜を読むと長年、社会事業に貢献。
人の為に人生を捧げてきた人であった。

文章から、曾祖父も祖父も「葡萄酒」「日本酒」が好きのよう。
良いのか悪いのか、私にはその血が「確実」に流れている(^_^;)
ついで?に「芸術」の才能もほしかった・・・(゜_゜)

話はそれたが・・・
祖父が子供の頃、祖父の親から聞いた印象深い話の一つ、
連戦連敗の徳川家康軍が、「犀が崖」(さいががけ)で武田信玄の軍を
散々な目に逢わせたという、徳川軍大勝の物語をきかせてくれたそうだ。

曾祖父が子供の頃、その犀が崖に山芋をとりに行ってたとのことで、
(当時犀が崖では立派な山芋が沢山とれたという)
芋を掘っていると、クワに刀の鍔(つば)がひっかかったそうだ。
鍔の模様から相当の武将のもの。金が光っていた。曾祖父は帰宅途中で
どこかのおじさんにだまされてわずかなお金を受け取り渡してしまったそうだ。
そのことを曾祖父は後になって曾祖父の親に話をした。
「そんな立派なものを僅かばかりの金子に替えて間食いに費消するなんて
戦いに敗れたとは言え武将の霊に対して申し訳ないことである」とひどく叱られ
仏壇の前で謝罪させられたと語っていた と。

祖父がとろろ芋(山芋)を食していると、必ずその曾祖父の話を思い出し
懐かしく思っていたようです。
江戸時代のお話。なんだかとてもリアルに感じる。

静岡に住んでいた祖父に逢った記憶があるが(私が3~4歳?の頃)、
昭和47年に亡くなっているので、祖父がどのような人であったのか、
この遺稿集を読むまでまったく知らずにいた。

祖父の随筆により曾祖父や曾祖母の人柄までも知り、なんだかとても嬉しかった。
今更ではあるがこの本に出会えて本当に良かったと心から思う。

画像は「北海道神宮の木漏れ日」。友人撮影。





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